忍者ブログ

福島盆地から山越えて

福島ちょっと散歩---福島県内外の名所・旧跡めぐり。道端のチョット気になる案内看板に誘われて... 天気がいいのに、せっかくの休日なのに、無駄にはしない。そうだ出掛けよう・・・ヒョイッと愛車(55プリウス)に乗って福島盆地から山越えて...。        takakan

須賀川牡丹園

牡丹・藤が満開

PR

須賀川釈迦堂川の鯉のぼり

ジュピアランドひらた

例年であれば、今日が満開のはずが、今年は遅れているようでした。来週あたりが見頃でしょうか?
dba69d04.jpeg
8662a0e9.jpeg
a8dfda61.jpeg56c7e141.jpeg

〔↓↓【click】↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ つづきもどうぞ ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓【click】↓↓〕

お伊勢様の鐙摺石ザクラ

いつもの、観れなかった「残念桜」シリーズ
P5080116_R.jpgP5080115_R.jpgP5080118_R.jpg

推定樹齢500年、樹高25m、胸高周囲430㎝を測るエドヒガン系の桜で、福島県緑の文化財の指定も受けています。 坂上田村麻呂が大滝根へと馬をすすめていく途中、岩が両側からせまり、鐙を摺ながらようやく通り抜けた眼前に、桜がみごとな花を咲かせて迎えてくれたという伝説が名前の由来となっています。 この付近では一本松の種まき桜と呼ばれ、親しまれています。
田村市教育委員会
咲いてたら、見事でしょうけど、右は隣家の桜です。
所在地:田村市常葉町早稲川字一本松43

お人形様(田村市)

朴橋(ほうのきばし)のお人形様
P5080124_R.jpg
P5080125_R.jpgP5080127_R.jpgc5b0b729.jpeg0856f89a.jpeg
「磐城街道の五人形」または「七里が沢の五人形」といわれ、旧磐城街道沿いに立てられていた五つの大人形の一つで「久延毘古神」を祭神としています。 毎年、旧暦三月十五日に衣替えと祭が行われ、この行事には、朴橋と梅ヶ咲の二十戸の人々が藁三把ずつを持ち寄りたずさわります。 人形の高さは約四米で、古い面は安政元年(1854)に作られたといわれ、江戸時代から続いている風習です。 悪疫が入るのを防いでくれます。  田村市教育委員会(市指定民俗文化財)
堀越のお人形様
P5080132_R.jpgP5080133_R.jpgP5080134_R.jpg25d5cca8.jpeg9c6d8fc8.jpeg
トーテンポールなどと同じでしょうか、いろいろな所で形を変えて同じような風習がありますね。興味深く、いつか見てみたいと思っていました。(屋形のは見れませんでした。残念)

歌川国芳展 (郡山市立美術館)

12月3日、歌川国芳を見に郡山市立美術館に行ってきました。まあまあでした。(私、国芳版画は良さが???)
12月6日~12月25日は、作品入替があって、「江戸にスカイツリー?→→東都三ツ股の図」が展示されます。
※12月10日再度「東都三ツ股の図」を見に郡山に行きました。スカイツリーは細い線画で後から付け加えたのでは???
c99bcb63.jpg00398603.jpg65170b7a.jpg030c95a2.jpgc7a675c2.jpg8d005631.jpgd1978f6e.jpg
0ce19017.jpg常設展示の中に不思議な絵を発見。
亀井竹二郎(明治12年に23歳で夭折した西洋絵画創生期の画家)油彩画の「懐古東海道五十三駅真景」が驚きの作品。何せ画面が暗い(黒い)。ほとんど黒一色。ぼんやりとした闇の中に浮かぶ人影。目をこらしてみると、脳が認識できたものは見えてくる。不思議な絵画だ。ちょっと癖になりそう
実物は左よりもっともっと真っ黒です。


〔↓↓【click】↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ つづきもどうぞ ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓【click】↓↓〕

安積國造神社

安積國造神社(あさかくにつこじんじゃ)
c9366303.jpgP6090015.jpgP6090019.jpg
郡山市清水台1-6-23に所在。主祭神は、和久産巣日神・天湯津彦命・比止禰命、第13代成務天皇の勅命により、比止禰命(ひとねのみこと)が安積国造(あさかのくにのみやつこ)に任ぜられ、安積国造神社が祭られて、現在に至る。

〔↓↓【click】↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ つづきもどうぞ ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓【click】↓↓〕

乙字ヶ滝 (須賀川市)

今月のカレンダーが坂本勇の版画乙字ヶ滝だったので、毎日見ていて刷込状態。これはどうしても行って観たかった。ちょうど仕事で脇の国道118号線を走っていたため神仏の”お導き”か?
f07d9cca.jpg
P5310145.jpg

〔↓↓【click】↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ つづきもどうぞ ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓【click】↓↓〕

安積左衛門の墓 

安積左衛門の墓 郡山市日和田町朝日坦地
PA040016.jpg
PA040012_R.jpgPA040011.jpg05cd4882.jpg
安積左衛門、本姓藤原氏、累代伊豆国伊東庄を本貫とし伊東、宇佐美、狩野、工藤の諸家を派出した。文治5年(1189)源頼朝の奥州平泉征伐に従った工藤祐経は、戦功により安積郡の地を与えられ、次男祐長を下向支配させ、安積伊東氏の初祖とした。鎌倉時代、族葉日和田に城を築き安積左衛門と称し君臨、天正18年(1590)会津蒲生氏郷領となるや浪人して、この地に生を終る。遺芳を追慕せる旧家臣ら五輪塔を造顕、故主供養につとめ、祀り絶えることなし。町の有志、日和田町往時の歴史を語るものとして、この碑を立てる。
-郡山市日和田公民館・日和田町文化財保存協力会-

イオンタウン郡山

テレビで紹介されていたのを見てから、このごろよく行きます。「イオンタウン郡山」
内の「ザ・ビッグ郡山店」品揃えと驚きの安さが売りですネ。福島から食料品を買い
に行くのだから、商圏も広くなったものですね。大玉村の「PLANT5」にも出没して
います。以前は、安達のベイシアでしたが、だんだん遠くなります。-宣伝広告-

20cf89f6.jpg0811d5e1.jpg33eec2dc.jpg6375cad6.jpg

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]